生物社会システムの生態・進化

Last updated on 1 Sept. 2019

生物多様性の理解とそれらに通底する普遍性の探求は,研究対象を越えた生命科学の大きなテーマです.そしてそれが大きなテーマたりうるのは,ひとえに我々自身が,多様性と普遍性とを内包した生物の一員だからだといえるでしょう.進化生態学は,生物多様性に向き合い,それらを生物進化という普遍則に基づいて理解しようとするマクロ生物学の一分野です.

主に社会性昆虫を研究対象として,理論と実証の相互フィードバックに基づく進化生態学の研究を推進しています.社会性昆虫における「公共財ジレンマ」の理論と実証,ランダム探索問題の進化生態学的展開,ロボット工学者と共同での群ロボット開発が主要な成果です.

理論・実証サイクル

 

協力行動の進化:社会性昆虫における進化ゲーム

進化生態学的な意味での協力行動は,生物の個体間相互作用の中で最も特徴的なものであり,ヒト社会はもちろん,微生物の集合体や多細胞生物(細胞の集合体として)なども含めて広く見出されます.協力行動の発現は往々にして自身にとっての適応度上のコストとなり,その場合,協力行動を行わないただ乗り(非協力)が有利になると予測されます.これは,ゲーム理論において「囚人のジレンマ」や「公共財ジレンマ」として知られるものです.そのため,協力行動の生物界での卓越は,チャールズ・ダーウィン以来の進化生物学上の大きなパラドクスとされてきました.

アミメアリ Pristomyrmex punctatus という社会性昆虫のコロニーの中に,遺伝的基盤を持つ非協力系統が存在し (Dobata et al. 2009; 2011),協力・非協力系統の相互作用が公共財ジレンマに合致することを明らかにしました (Dobata & Tsuji 2013)(w/ 辻和希・琉球大学 農学部 教授).これは,従来は理論的な考察対象だった 非協力行動の野外での進化を示した稀有な実証例 です.

Ppunctatus_CheaterWorkerCheater (right) and worker adults of P. punctatus

社会性昆虫のコロニー(巣)内で観察される個体間相互作用の進化的な安定状態は,相互作用行動の担い手(たとえばワーカーや女王)の立場に応じて異なりうることが理論的に予測され,これを進化的対立(コンフリクト)と呼びます.量的遺伝学に基づいて,真社会性膜翅目(アリ・ハチ)の女王・ワーカーの発生分化様式の進化をモデリングし,進化的対立の共進化的帰結予測 (Dobata 2012) や,ゲノムインプリンティング(由来親に応じた対立遺伝子の発現差)の血縁選択仮説の具体化 (Dobata & Tsuji 2012) を行いました.

 

個体間相互作用の理解に基づく生物社会システム研究

個体間相互作用は,本質的には2個体の出会いによって生じます.2016年以降,探索相手の位置情報なしでいかに出会い効率を最適化するかという 「ランダム探索問題」に進化生態学の視点を導入する試み を続けてきました.共同研究者(w/ 水元惟暁・日本学術振興会海外特別研究員,阿部真人・理化学研究所 革新知能統合研究センター)とともに,単細胞緑藻の同型配偶子の動きをモデル化し,中程度の配偶成功を実現できる探索時間のもとでは,動きの性的二型性が最大の配偶成功をもたらすことを発見しました (Mizumoto, Abe & Dobata 2017, プレスリリース; Mizumoto & Dobata 2018).この結果をもとに,昆虫などの自発的行動軌跡を取得する球体移動補償装置の共同開発 (Nagaya et al. 2017) や,シロアリの配偶時の動きの性差の適応的意義の解明 (Mizumoto & Dobata 2019, プレスリリース) などの共同研究を展開しています.

また,大学院学生であった2007年より,ロボティクス研究者(w/ 藤澤隆介・九州工業大学 大学院情報工学研究院 准教授)と共同で,化学物質が個体間の間接相互作用を担うロボットシステムの開発 に携わってきました.アリの集団採餌行動を模倣した群ロボットシステムARGOSの開発 (Fujisawa et al. 2014) が主要成果です.進化生態学の立場から,ロボットシステム自体を「対象生物」とみなして,ロボットを作って生物を理解するという構成論的マクロ生物学研究 を目標としており,2019年には群ロボットの渋滞制御の進化について生物学一般誌に論文を掲載しました (Fujisawa, Ichinose & Dobata 2019, プレスリリース).

ARGOSThe ant-mimicking swarm robot system ARGOS

 

その他の成果

  • 単数倍数性生物における雄性発生 androgenesis のメカニズムとして多精受精を提唱 (Dobata, Shimoji et al. 2012)(w/ 下地博之・関西学院大学 理工学部 生命科学科)

DiacammaSexMosaicA sex mosaic of Diacamma sp. Paternal alleles were inherited in male (orange) body parts.

  • 貯穀害虫アズキゾウムシにおける新規 社会情報利用 様式 ‘Copy if dissatisfied, innovate if not’ の発見 (Otake & Dobata 2018, プレスリリース) (w/ 大竹遼河・博士課程学生)

CchinensisA female adzuki bean beetle Callosobruchus chinensis laying an egg